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白光真宏会 出版本部



立ち読み - 天と地をつなぐ者

自序
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人間は小宇宙であると、少年の頃誰れかに聞いたことをおぽえているが、今にしてなるほどと私をうなずかせる。人間一人一人の歩んでいるその道に宇宙の影がそれぞれ宿っていることは間違いない事実である。しかし、その人間の歩みが、宇宙の心をそのまま写しているか、似て非なる写り方をしているかは、その人間の歩調の正誤により、美醜によるのである。その歩みが肉体だけの歩みであるか、魂の歩みであるかによる美醜は、この人生の大きな問題点になっているのである。
私はこの書で私の魂の遍歴を書きつづっているのであるが、私が肉体に重点をおく人間でなく、魂に重点をおかずには生きられぬ人間であったことを自然(じねん)に書きつづっている。
私は自分の体験として、肉体は人間の一つの器(うつわ)であることをはっきり知った。人間という者は霊そのものであり、魂魄(こんぱく)として肉体に働いているものであることも知った。
人間の本体である霊というものは、そのまま神であり、宇宙神の生命の動きのとおりに働きつづけているものであることも知った。そして、人間の一分一秒の歩みでさえも、この大宇宙に影響があり、いかに大事であるかも知った。
人間が肉体のみを人間の全存在として生きるか、肉体を霊の器、神の器として生きるかによって、この人間世界が、そのまま天国ともなり、地獄ともなるものであること、真といい、善といい、美というもすべて肉体にあるのではなく、その魂が、より神に近く、より人類愛的である時に具現されるものであることも知った。
私は、私のとおってきた道そのままを余人にもとおるようすすめはしない。人間各自に、すべてそれぞれの道がある。個人個人が己れにかなった道を、誤またず生きつづけられるよう、神である自己の本体に祈りながら堂々と生活していってもらいたい。なお、天と地をつなぐ者という題名は天(本体)と地(肉体的人間)とを合体させた私の霊的体験によるもので、人間はすべて、そうしたものであることをこの書によって少しでも多くの人に認識していただけたら、と切望しているものである。

うつるものおのづうつりておのづ消ゆ己れは澄みてただひそかなり
現世(うつしよ)に我が身は在(あ)れど釈迦牟尼と倶(とも)なるいのち天地(あめつち)に照る

昭和三十年六月

著者識


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